アダチルニートの明るい脱獄日記

ニートじゃなかった期間を経てニートに還る。アダルトチルドレンのムショみたいな家の苦しみの叫び。いつか脱獄できることを誓って。百転び百一起きの精神で読んでる人を笑わせたいネガティブに。

吐き気と酒の話

※少し汚い話があるのでご注意を

夕方にご飯は食べたので、母がケーキがあるというので夜、一階に降りた。

私はベイクドチーズケーキを食べようとしたのだが、奴が氷結を小さいグラスに入れてきた。

ケーキと酒ってどうなんだ?と思ったが、まあ少しなら大丈夫かと思い一緒に食べた。

その後、なんとなく胃がムカムカというか違和感はあったが気にしないふりをして、みんなでテレビなどを見ていた。

妹と皿を洗ってから、ひと段落した頃、やはり違和感が強くなった。

私が吐く前兆に感じるものがあって、なんというのか、のどに紙が詰まっている、というような感覚。

それがどうも強くなった。

トイレに行って、なんとか吐こうとするが胃液みたいなものしか出ない。

トイレの蓋に書かれた文字をぼんやり見ながら、とにかく吐こうとする。

舌を押す方法もあるが、これはあまり好きじゃないし、どっかにもあまり良くないという記述があったのでやらなかった。

ようやく吐けた。

すると一瞬血のようなものが出てきた。

かと思ったら、チーズケーキでした。

吐けたので一安心。

と思いきや、しばらくするとまたムカムカしてきた。

これはまだ出るな、と思い、またトイレに行った。

何度も吐こうとするがうまくいかない。

一瞬、出そうになったがなぜか不発に。

しまいにはお腹を押して吐いた。

するとまたもや同じものが出てきた。

もう運動でもしたみたいに疲れていた。

しかし、酒とケーキってそんなに相性悪いもんか?と思った。

私の胃が弱っているのか。

便の調子が良くなったと思いきや、今度は胃かいな。

妹や母にいうと無駄に心配をかけそうだというのと、酒が飲めなくなるかもしれないという打算で、吐いたことは特に言わなかった。

素知らぬ顔で戻っていつものように喋った。

奴が偉そうに語るところによると、父方は酒が弱く、母方は強いか弱くはないそうだ。

奴は母方を受け継いだので強いんだと豪語していたが、私からするとお前は強いわけじゃなくて脳みそが崩壊してるだけだ。(あるいはただのアホ)

強い人は奴ごときの酒量で多分吐いたりしないし、よほど飲まない限り性格も変わらないのではないかと思う。

両親は酒自体あまり飲まないのでわからなかった。ただ母はおそらくそこまで弱くはないんだろうなくらいに思っていた。

母の父は酒飲みだったし、母の母はお水で働いていたから、少なくとも弱くはなかったのではないかと思う。

ちなみに自分はどうなのかというと、まあ凡人レベルなのではないかと思う。

ただ女性は筋肉量とかいろんな面で男性ほど飲めなかったりもするそうだ。

もちろん華奢なのに飲める人もいる。

元々人類は酒が飲めた人種であったそうだ。

ところが日本人は40パーセントくらいが酒に弱い下戸らしい。

それというのが突然変異で起きた日本人特有の遺伝子だそうだ。

本当に飲める人、まったく飲めない人、まあまあ飲める人に別れる。

まあまあ飲める人が一番危険らしい。

だんだん酒に慣れていってしまい、無理して飲むとあとで病気になったりするからだそうだ。

私も気をつけようと思った。

酒の話ばかりですみませんでした笑

カオスなアングラパーチーの巻

夜、兄がパーティーをするぞ、と言って部屋に来た。

また大量に酒を買ってきて、つまみやらもあるのを冷蔵庫で見ていたので知っていた。

妹とは少し遅れて階下に行くと、もうやってるよ、みたいなことを奴が言っていた。

すでに酒は開いていて、インスタントのピザをレンジで焼いていた。

妹も珍しく気分は悪くなかったらしく、梅酒を飲んで酔ったみたいなことを言っていた。

3人で飲んでいて、そこに母が奴の横に座ってご飯を食べ始めた。

奴と私たちが酒とつまみのようなものを食べている横で、母は質素に納豆を食べているというシュールな絵面。

BGMは奴がスピーカーでクラブミュージックやら好きな曲をかけていた。

母はいかにも肩身が狭そうな顔をしていた。

機嫌が悪そうだった。

母は昔酒で失敗したから、と酒は飲まなかった。

全然飲まないわけではないが、少しでも酒を楽しむのは嫌らしい。

何をしたかは知らないが、糞真面目で世間体命でプライドが高い母にとっては致命的な出来事だったのだろう。

別に酒で吐くことくらい普通にあるし、私は多分母以上に酒以外でもやらかしているから、大したことないんだろうなと思った。

母は昔のことが全部黒歴史とでもいうように、全く話したがらない。プライドが高すぎて子供には話せないと思っているのだろう。

ご飯を食べ終わってソファに座る母に、奴はなんか知らんが、(私たちに)やらせたい家事とかないの?と兄が聞くと、母は投げやりな調子で「なんでもやってほしいよ」と言った。

奴はなんでもってなんだよとへらへら笑っていたが。

その後も、猫の餌やりが大変だだのブツブツ言っていた。

奴は、うちの年齢が上の奴らはつまらないことで怒りすぎだ、とへらへら笑っていた。

それは確かにそうだと思った。

妹は気分が悪そうな顔をし、母は不満そうな顔をし、空気が一気に悪くなった。

もちろん奴はおかまいなしというか気づかない。

その後、ちょうど東京の知り合いから電話がかかってきたらしい。

ロッポンギ…ヤクザがどうの…と奴が大声で話している横では母が姉と電話しているというカオスな状況。

なんだこのアングラ映画。

私は聞こえなかったが、妹によると、母は姉に「高校生が3人いるようだ」と言っていたらしい。

奴と同類にされるのは心外である。

奴はともかく私たちはおとなしく平和に飲んでいるだけだし、奴ほどには大した迷惑もかけていない。

もちろんこのままでいいとも思っていないし、こんなところに好きでいるわけでもない。

今日飲んでいるのも、私たちが仲良しこよしで飲んでいるように見えて嫌だったのだろうか。

ただでさえ自分の嫌いな酒を。

まああなたの差別や無理解のせいもあって仲良しではないですけどね。

追記

なんか書きたいことがあったはずなんだけど、思い出せないのでそれっぽいことを書く。

私や妹が、昔から母の愚痴を聞いたり奴の捌け口にされたりと精神的にズタボロにされていたことはこの人たちは一生自覚しないまま死んでいくのだろうな。

この前母と言い合って心底自覚したけど、案の定あの人は反省する気も皆無だし、子どもっぽい残念な人のままなのだろう。

この日は機嫌が悪かったのかもしれないけど、紛れも無い本音なのだろう。

そもそも私たちが動きたがらないのはあんたが細かすぎてうんざりするからだというのに、それをちっとも理解しないでいつまでも文句を言っている。

病気としか思えない。

最早ここまで変わらないと笑えてくる。

あの人はいつも反省したふり。 そして三歩歩けば綺麗さっぱり忘れていく。 そしてまた同じことの繰り返し。

霊格と音楽と物欲

霊格(魂のレベル)は聴く音楽によってわかる、というネットの記事を見ていた。

それによると、激しい音楽ほど霊格が低く、穏やかな曲ほど霊格が高いそうだ。

私や妹の聴く音楽はもともと静かなものだったけど、家族に洗脳(激しい音楽)されただけだから、自分たちは実は霊格高いんじゃない?と冗談で話したら、妹から、そんなに自分は高いと思いたいの?とキレ気味に言われた。

冗談が理解できないのかね。むしろ躍起になってるのはそっちじゃないか。

なんか知らんけど妹は自分は霊格が低い、と決めつけていて、それに私は「私は高い」とは言っていないのに、「私たちは」と言っているのに、なぜか妹の中で「私だけが高い」に変換されていたのか?

そもそも、妹は本当は、自分は霊格が低い、などとは思いたくなくて、でも低いと知られるのが怖いから低いということに決めつけて防衛しておいて、それを私が実は高いということにしたから、あれがああなってこうなって○○☆☆♪¥$#°%

ふんだ!お前なんかいつも愚痴ばかりで霊格なんかうんこ級だ!!!(ブログで書いてるお前もな。霊格低い)

妹が最近女性らしい靴やらファッションになぜかハマりだした。

それまでは化粧だのスカートだのとにかく女性らしいものを避けていたのだが。

何かからの逃避かな?とも思った。

恋ではないと思う。そういうので変わるタイプではないし、男っ気もまったくない。

妹は自分の変わった足の形にあった靴がないということを色々調べて気づいたらしく、オーダーメイドで靴を買うと急に言い出した。

自分がハマりだした、女性らしいファッションに合うパンプスが欲しかったようだ。

まあそこまではいい。

私も実は変わった足の形をしていて、でも妹みたいに困ることはそんなになかった気がする。

というか今まではスニーカーだから気づかなかったし困らなかったんだろうけど。

ある店に問い合わせたら、オーダーメイドの靴を二足買って、合わないものを返却したらいいのではと言われたらしい。

それで、もし私に合う方があったらあげる、と。しかし金はもらうと。

なんかおかしくね?と思った。

私は欲しいなんて一言も言ってないし、まして物欲に駆られている場合ではない。

ただでさえ動画講座の料金で貯金が減って、これからもしばらくほとんど増えないのに、そんなもんを買ってる余裕はないのだ。

だからといってせっかくぴったりの靴を返却するのはもったいないではないか。

私の金をなんだと思ってるんだ。

いや、私に合う靴を私が払うのは確かに道理的にはおかしくないかもしれない。

でも靴を買うのは妹の物欲のせいであり、私は買いたくないのだ。

せめて半額払うとかないのかね。

妹は私よりかなりドケチだ。私より貯金があるくせに私より金を守るつもりだ。やはり不公平だ。

久々にイラっと来て書いてしまいました。ご静聴ありがとうございます。

母との対決

昨日、母とガチンコ対決(死語?)をした。

今までの人生で、というか母と言い合ったことなど一度もなかった。

仲が良かったというわけではなくて、私は諦めていた。

薬とお酒を飲んでいて、あとは月経が来ていたのもあったのか、私はイライラしていた。

でも不思議と嫌な感じではなく、いよいよ私の何かが出たがっている、と感じた。

宿便みたいなものだ。

足も震え声も震えた。でも、自分なりに精一杯言いたいことを伝えた。

最近、兄がギターを教えるという名目で部屋に来ることが多かった。

夕食を食べた後で、兄と私は少し酒を飲んでいて、兄は薬(市販薬)を割って鼻から吸おうぜと言いだし部屋に行きたがった。

私は食器を洗ってからにしたかったが、酒が入るとあの人はもう自制が効かない。

仕方なく部屋に入った。

兄が一旦一階に降り、母に「最近◯◯(私)にギター教えてるんだ」と言ったらしいが、食器洗って(そんなことより)と言われたらしい。

そりゃそうだ。だから私は早く食器洗いを終わらせたかった。

ただでさえ酒でだるいし、ホットプレートなので洗い物も面倒だったのだ。

兄は酒を持って私の部屋に入り、ブロン錠の瓶から錠剤を取り出した。

兄はいろんな道具で錠剤を潰そうとしたが、そうそう割れるわけもない。

しまいには歯で砕いたものを吐き出し、ストローで鼻から吸おうとしたようだが、よだれがティッシュについただけで、私は顔をしかめた。

ただでさえ汚いと思うが、兄はどんな病気を持っているかわからない(自分でできる性病検査もしたようだ)のでなおさらだ。

結局、私も兄もそのままブロン錠を飲んだ。

私は二錠。それとなぜかドリエルも1錠。プチODに使うやつで取っておいたのに。

人から強制されたODもどきは楽しくないものだな、と思った。

もともとブロン錠は4錠飲むのが普通だし、ODとも言えないけど。

兄はこういうときは音楽を聴くんだ、と言って私にヘッドフォンをさせ、自分もつけた。

何かの薬で捕まったアスカのいい曲がある、といって流し始めた。

なんの曲だったかわからない。

しかし私は食器洗いが気になっていて、それどころじゃなかった。

出て行こうとすると、まだ曲が終わってない、終わるまでいてくれとすごい力で腕を掴まれぞっとした。

曲が何曲か終わってから、やがてふと奴は立ち上がった。

具合が悪くなったのか、満足したのかはわからない。

やっと終わった、と思い、私と奴は一階に降りた。

妹と母がいた。

明らかにやつれた私を見て妹は哀れそうにしていた。

妹は隣の部屋で大声で喋る奴から逃げ出したのだろう。

妹がご飯を食べている横で、私はドリエルか酒のせいなのか強烈な眠気に襲われた。

正直私は、自分のことはいいが妹などにとばっちりが行くのは嫌だった。

しかし奴は皆から疎ましがられているし、一緒にいる私もかわいそうに見えるのだろう。

奴は、廊下で私に言った。

「(妹の様子から)拒絶の気を感じた。あれはダメだ。◯◯(私)はまだわかるようだ。あれであんなんじゃこの先も生きていけない」というような偉そうなことを言っていた。

確かに妹と母は似たタイプで、まず真面目で変なことはしないし、する人間は拒絶するタイプだ。

でも、優越感とかじゃないが私も実はところどころ兄に似ているため、少なからず共感ができ、まだしもそこまで苦痛ではないだけだ。

しかし自分で、自分に耐えられないならまだまだだと言っているのがなんだかおかしいけど。

確かに、奴のような人間はごまんといるだろうから、それをスルーできる能力はあってもいいのかもしれない。

その後、食器を洗いながら、私は1人でぶつぶつ不満を言っていた。

いつもは口に出さないが、なんだか我慢したくなかった。

母から兄のことで嫌なら拒否してもいいんだよ、と言われた。

言ってしまえば私は兄だけでなく、母のことも我慢ばかりしてきた。

妹もいて、母に対し、自分も言うこと聞いてるじゃん、と言うようなことを言うと、母は若干キレ気味に返してきた。

「私だっていつも言うこと聞いてるわけじゃないよ。聞けないし。でも仕方ないでしょ」

と言うようなことを言った。

(聞いてないんだったらああはなってないだろう……)

私と妹は、聞いてるじゃん、と言う感じで不満げだった。

私はこうつぶやいた。

「今までもあいつに言えなくて我慢してきたのに……」

母は「大人なんだから」を強調して、しつこい兄に対し拒否すればいい、と何度も言った。

今思えば、自分だって父に対しそんなことできないくせにと思うのだが。

私は母に呆れて、どう何を言えばいいかわからなくなった。

結局母は勝手にキレていつものセリフを言った。

「勝手にしなさい」と。

私はそれに対し、「勝手に生きるよ」と言った。

「もう自由にしてるじゃない。好きな時間に寝て、好きな時間にご飯食べてるじゃない」

「怠け者だって?お母さんの仕事手伝わずに?」

「そうじゃないよ」

「私だっていつもいろんなこと考えてたよ」

とにかくいろんなことをぶちまけた。

言い合いは次第に緩和した。

なぜかWiFiの話になり、いつもの会話になった。

不思議と笑って話すことになった。

母も泣いていたし(見たのはなん年ぶりか)すっきりしたのだろう。

母は最後にこう言った。

私の手を両手で握りながら、

「これからはお母さんが話を聞かなそうにしたら叱ってね。こら!って」と言った。

今まで自分は勝手に悪い思い込みを膨らませていき、自分の首を締めていたのだなと恥ずかしく思った。

これでまた1つ自分をがんじがらめにしていた鎖が少し外れた気がする。

もちろん母の扱いや今までのことが全部チャラになるわけではないけど、これからは互いに自立した関係を築けるかもしれない。

母は、私たちが何かやるなら応援すると言ってくれた。

もう深夜の12時過ぎだった。

母が寝てからも、私はしばらくストーブの前でぼーっとしていた。

今日のことは夢だったんじゃないかと思えてきた。

色々ありすぎてひどく混乱していた。

やがてテレビをつけ、ピクリとも笑えないお笑いを見ていた。

部屋に戻って、さっきのことを書こうと思った。

携帯ではなくノートに。

沈黙が嫌でヘッドフォンで曲を聞いた。

特に、兄がすすめてきたウェスボーランドのバンド、ブラックライトバーンズのLieという激しめの曲がなんとなく麻痺させてくれるので良かった。

聴きながら書くのは難しいが、今は聞かずにいられなかった。

もはやあんなにあった眠気はどこかに去っていた。

しかし、その後は熟睡することができたのだった。

嵐の前の静けさ?

(遺書みたいな文面ですが気にしないでください)

妹が鶏のミルクスープを作った。料理はかなり久しぶりだろう。

その間、私は祖母の部屋と父の部屋掃除をした。

猫は掃除機の音に怯えていたが、ぞうきんがけをしているときはずっと見ていた。

途中、掃除機のフィルター替えが面倒だったが、最後に自分の部屋に掃除機をかけた。

引かれるかもしれないが、私は自分の部屋を掃除をする習慣がなく、そろそろかけたいなと思いながらも、部屋に掃除機をかけれずに時が経った。

おかげで部屋の半分を掃除したら掃除機のフィルターがいっぱいになってしまった。よほど汚かったのだろう。

今日は母の病状も安定しているらしく、病気になる前の余裕があったころのように比較的穏やかだった。

私はある炭酸を飲んだせいか、いつもより明るかった。

兄と母、祖母、父、妹で食卓を囲むという珍しい状況だった。

兄が帰ってきてから初めてかもしれない。

まるで普通の仲良し家族のようにも見えた。

みんな穏やかで、いつもよりは会話のキャッチボールもできていた。

みんな笑っていた。

母は妹が作ったミルクスープを飲んで、誰かの料理を食べたのは久々だ、と言って嬉しそうだった。

妹の料理を食べたのはこれが初めてかもしれない。

妹が久々に料理を作ったり、私が自分の部屋をかなり久しぶりに掃除したり、母の病気がかなり安定していたりと、珍しいことが重なった。

私はこういうことがあると、何か悪いことがあるのではと身構える。

それは実際あまり外れなく、特にうちではバランスを取るためか、何かトラブルが起きる前はものすごく穏やかだったりする。

私がふざけたおやすみを言うと、母が朗らかにおやすみ、と言った。

まるで10年くらい前に戻ったみたいだった。

穏やかなドライブ

朝、やはり寝れずに妹とラーメンを食べた。

その後みんなが仕事から帰ってきて、8時ごろ母から連絡が来た。私はゆうちょで金を下ろしたかったので、行くんでしょ?と言われた。

あまりにも眠かったが、1時間くらいしか寝れなかった。

だらだらと夢うつつの時間を過ごし、出発予定の30分前くらいに目が覚めて着替えた。

下に降りて、母に挨拶した。

なんか知らんが今日は機嫌が良さそうだ。

コーンスープとバジルの何たらが練りこまれたシャレオツな感じのパンを朝食にした。

バジルのかほりが広がってなかなか美味であった。

しかし途中で奴が起きてきた。

どうやら奴も行くようだった。

母に聞こうかと思ったが怖くて聞けなかったのだ。

のちに母に、言わなくてごめんねと言われた。

血の気が引いて、母に勧められた目玉焼きに手をつける気力をなくしたのだった。

私は忍耐、忍耐、と唱えた。

こんなことでめげては凶悪犯罪者になど到底かなわない、と謎の叱咤を自分にした。

天気はとても良かった。

私は閉店する店のセールで買ったお気に入りのジーンズに小豆色のニット、それと失敗したと思った年配向けの丈の長いコートを着た。

軽くて暖かいので機能性は抜群なのだが、見栄え的にイマイチだったのだ。

母は勝手にたまに着ているらしい。あったかくて軽くていいと言っていた。

そりゃ年配向けだから、本来は母の方が似合うはずだ。

しかし勝手に人のモンを着るなというに。

姉が勝手に母のを着ると文句言うくせに、同じやんけ。

この人たちは本当に、私や妹のモンは俺のモノだとでも思つているのかね。

奴はマスクに変なキャップを目深にかぶり、ラフなスエットみたいなズボン、パーカーという出で立ちで、どこからどう見ても不審者同然であつた。

これが長身のイケメンならば大層キマッて見えたのかもしれぬが、案の定であつた。

不気味なほど穏やかなドライブが始まつた。

奴の好きなデスコミュージックが車内に流れる。

別に嫌いではないが、嫌いな奴が聞いているととたんにやかましいというか、邪悪なものに聞こえてくるので不思議なものだ。

私がいたせいなのか、母はいつもより穏やかであつた。

しかし、出発前に奴と母はドライブレコーダアの件で言い合ったので、ハラハラして聞いていた。

母は、中古の車についていたドライブレコーダアがCDをつけると勝手に作動するのだと云つた。

すると奴は、勝手に作動するわけがない、と執拗にドライブレコーダアが作動することを気にしていた。

ドラッグストアに着き、奴と入った。私も見たいものがあった。

というか、ドラッグストアは入ると何かしら買いたくなってしまう。

私は便秘改善コーナーを見ていた。

奴には見られたくなかったが、奴は買ってくれるといつたので、(毟れるものは毟ろうと)おこぼれに預かろうと思った。

クラシエの高い便秘改善薬と、妹がいいらしいと言っていたごぼう茶だ。

意外とこういうところは私は妹気質だな、と思った。

奢って当然、とは思わないが、奢ってくれると言われるとじゃあ奢ってもらおう、と思う。

そんな私を見て奴は、俺もヒモやってた時そんな感じだった、と云い、そういう生活もしてみるといいもんだよ、と言われた。

この兄からはつくづくろくなものを伝授されない。

ほかには、薬は砕いて鼻から吸うものだ、とか、なかには尻の穴から入れる奴もいる、と教えてくれた。粘膜が薄いからよく効くのだそうだ。

実は吸うのは(合法の)やってみようと思ったことがあったのだが、一人暮らしではなかったので(怪しまれる)できなかった。

しかし、私は兄のようにヒモになる才能はない。申し訳なく感じてしまうからだ。(奴のように迷惑をかけられてきた人間は別)

彼のように罪悪感を感じない人間にとっては天職(?)なのだろう。

それに、ヒモよりも本当はバリバリ稼ぎたい人間なのだ。これでも。

前にも書いたが、私は楽して富を得たい、とは一度も思ったことはない。

楽をする、のと楽しむ、のは違うのだなと思う。

さらに奴は衝撃の告白をした。

ドラッグストアで酒を探していた奴は、中学のときはこの店に酒があって、それを万引きしていたというのだ。

当然、子供なので買えなかったからだろう。

当時はセキュリティも甘かったようだ。

しかしあんなに臆病な奴が万引きなぞ出来たのだろうか。

実際は別の誰かがしたのではないだろうか。

まあ、ワルに憧れる気持ちはわからないではないが、大人になっても全く悪びれもせず言っているところを見ると、病気だなと思う。

というか、もう中学からおかしくなっていたのだろう。

奴は、俺は必要なことしか言わないと言っていた。(どうでもいいことがほとんどだろ)

ミスタードーナツで念願の?コラボ、ポンデ鎧塚を買った。久々のデパートは楽しかったが、奴がいたのであまりゆっくり楽しめなかった。

母はこの店にいるときはいつも楽しそうだ。

家で不満を垂れている時とは別人である。

母は、未だに兄が家にいるのが現実味がない、と言っていた。私もだと言った。

兄は色々な疾患もあるし、病院に行くなどと言う話もしているが、腫瘍かもしれないとか、死ぬんじゃない!?と母はまた、不謹慎なことをけろっと言ってのけるのであった。

奴はまた大量に酒を買っていた。

酔いたいのなら度数の高い大瓶でも買えばいいのに、なぜだかケチってちょこちょこ缶を買うのだ。

酒量を制限すると言っていたが、おそらくこれも一夜に消えるのだらう。

家に帰った。

相変わらず携帯を変えろ(変えて俺に古いやつくれ)としつこく言ってくるので、嫌な態度を取りつつ断っていたらあまり言わなくなってきた。

奴が便秘薬のことを話すと、薬より生活習慣だ!と母、それに対し奴はまあそれも一理あるが、と言った。

そして食物繊維が云々、と奴。

私を置いてけぼりで2人は勝手に意見を言い合った。

まあ、云つてしまえば、君たちが不機嫌をぶつけてきたり、喋り続けたりするので疲れて降りてこなくなつたのだが、いかがか。

私の気持ちがどのようなものであつたか、30字以内で答えろ。

襲いくる災難は自立への促し?

今年はなんとも別れや諍いが多い。

新年始まって早々、2人と揉め、さらに、ネットの友人までも最後の別れのような連絡がきた。

生きてはいるようだが、私が悪いとかではなくて、何かしらが辛くなったのだろう。

付き合いは10年くらいにもなっていたかもしれない。

ショックだったが、いつかこうなるような気がしていた。

ネットの関係なんてのは危ういもんである。

そのネットの男友達と以前、家族について話したことがある。

毒になる親って本があるけど、あんまり毒毒言うのもねーみたいな話をした気がする。

もちろん私は当時から特に母とは距離を置いていたが、その時は物理的にも離れたところに住んでいて、気分も違ったのだろう。

その友達とも、親には感謝してる的な話をした気がする。

が、今こうして酷くなっていく家族関係を目の当たりにして、私は甘かったと思った。

まだ一種の洗脳状態というか、離れていたから忘れていただけなのだと思う。

まさかまたこの地獄に2年以上も投獄されるなんて考えもしなかったのだ。いや、考えたくなかった。

三年前にも実家にいたが逃げるように出てきた。

その時は、こんな家2度と帰るまいと思っていた。

それが色々ありえないというか、トラブルが続いて帰らざるを得なくなった。

思い出すのも恐ろしいような日々だ。

私はこの家との因縁がとても強いのだろう。

残念ながら。これが仲良しならいいのかもしれないが、真逆なので地獄でしかない。

家系との因縁、先祖の因縁だか怨念云々……と考えてしまうが、こういう考え方もできる。

目の前に起こる事は、全て気づきを与えるためにやってくる、という。

私がなぜ家に縛られるかというと、自立していないからだ。

つまり、自立をしろ!自立をしろ!と、これでもかと嫌なことを起こしてSMのごとくスパンキングされている状態だ。

しかしチキンの私は今まで社会の荒波に負けてどうすることもできなかった。

だからもう後はない。

今度こそ本当に自立しないと死ぬ。実家にお世話になるのは死ぬのと同じだ。

でも、いよいよ家との縁が切れるというか、離れるかもしれないという予感はする。

もちろんわたしのポンコツ未来予報が外れているとか、結局また社会に負けて戻ってくるという可能性もある。

こんなポンコツな私にできる仕事ってなんだろうか……。

もちろん、今勉強している講座を生かして仕事もしたいと思っているが、今の自分を見ていたらそれで生計をまかなうまでになるには難しいと思う。

しばらくは、もしかしたら馬車馬の如く働き続けるしかないかもしれない。

私にはそれだけでお金を稼げるような才能もないし、自信もない。

ただ、この家にいて、一年くらい地獄で働いたりもしたし、突然のことにも関わらず、また仕事に行くこともできた。

私は少しは強くなったのかもしれない。ややM耐性がついた。

ポンコツにかわりはないが。

このスキルをなんとか活かせたらいいなと思うのだが……。