アダチルニートの明るい脱獄日記

ニートじゃなかった期間を経てニートに還る。アダルトチルドレンのムショみたいな家の苦しみの叫び。いつか脱獄できることを誓って。百転び百一起きの精神で読んでる人を笑わせたいネガティブに。

感情を信頼する

あるブログで感情を信じなさい、と言う記事を見た。

特に日本では怒りは出してはいけないと言う風潮だけど、私はこれには反対だ。

怒りを出す、というのは、ドラマとか会社とかでたまに見かける、怒鳴り散らすということではない。

自分の怒りの感情を認めて、ごまかすわけでもなく、かつ冷静にそれを出すということだ。

まあそれができる人間なんて多分滅多にいないと思うけど。

私も歪んだ家庭環境で育ったせいか、怒りやその他の素直な感情、特にマイナスに思える感情を出すことを抑えるようになった。

上の兄弟は自由に(もしくは過剰に)出しているのに、なぜか自分は認められない。

それどころか怒っている様子を茶化されたり、まるでこっちが悪いように言われたりした。

大人になると適切に怒るべきところにも遭遇したが、私は結局抑えていた。

そして後になって、ああ正直に言えばよかったと後悔するのだ。

そうして、以前の記事に書いたが、本来なら友人という立場の人に的外れなアドバイスのようなものをされ、初めて正直な感情を出し、伝えた。

ところが面白いもので、私のある家族はそれを聞いても、一様に向こうの味方というか、私が正しいとは言わないのである。

アドバイスをしてくれる人は貴重だ、とはいうけど、余計なお節介だったり、そもそも言える立場の人間なのかということだ。

ただ友人という立場を通して、私が正直に言える場ができたことは感謝するべきだろう。

私の経験からして、(相手との喧嘩に限らず)素直な感情を出しているだけなのに批判的な言葉をぶつけてきたり、馬鹿にしてくる人間はろくでもない。

ろくでもないというか、表向き応援されていたり仲良くしていても、実は馬鹿にされている可能性が高いので、縁を切るか距離を取った方がいい。

鎮静剤を打ってやりたい

あの人が帰ってきてから、精神的に疲弊していて何もする気が起きない。

初日からわがまま放題で、母に車を走らせては何かしら買い物をしてくる。

朝に雑なノックをされるが居留守を使って無視する毎日。

最初の日こそ一応一緒に飲んだものの、やはりまともではないとの認識が日に日に強くなり、ほとんど喋っていないし、顔も見ていない。

昨日は妹が男友達のBに電話をかけ、私もそこにいたのだが、結局妹はほとんど喋らずなぜかバトンタッチされた。

うちの惨状はBもそこそこ把握しているので、家から出たほうがいいとしか言わないのだが、私たちにも色々あるのでなかなかそううまくはいかない。

というかそれをわかっているのにまたBに電話する意味もよくわからない。

妹が兄から部屋のある家具を持っていかれ、さらにはWi-Fiも持っていくつもりらしい。

私の家はWi-Fiにかなりの制限があるので、なくなるとほぼ使えなくなる。

予想以上の厳しい状況だ。

しかしこれで諦めてはいけないだろう。

何かしら方法はあるはず、というかむしろこの状況を逆手には取れまいか。

母は兄に車を出させられることについて、しょうがない、としか言わない。

どちらにしろ兄は運転もできない状況だ。

バスとか乗れよと思うのだが、結局自由に動けないからダメだと言う。

ここが田舎のクソなところだ。

私たちのたまのわがままなんか聞きゃしないが、コイツの言うことなら馬車馬の如く聞くのだ。

あの人は家族を所有物、もしくは都合のいい奴隷にしか思っていない。

母はそんなことも考えないのだろう。元からこの家の奴隷のようなものだし。

Wi-Fiも使えないとなると、ますます私が受けようとしている講座すらまともに見れない。

あいつのおかげで講座初日から仕事に行き、疲れ果ててろくに見る暇もなかった。

本当に疫病神だ。

あいつが親にした助言で、母がいない間私たちが仕事に駆り出されたと自慢げに言っていたが、これで出なかったらダメだと思ったと偉そうに言っていた。

マジでどの口で言ってんだ?w

数日後からやっと仕事に出始めたようだが、母の仕事の負担は減っても、結局外出しなきゃいけないのならあまり意味がない。

家の中でも四六時中しゃべっていて、吹き抜けなのでずっと聞こえる。

鎮静剤を打ってやりたい。それか死んで欲しい笑

静かになるから。

クレイジー兄貴編

今回は、皆さん楽しみにしていた(嘘)クレイジー兄貴編です。

どうぞ心してお読みください。(クズエピソードもあるので心臓の弱い方は読むのをやめるか、中止してください)

なんとなく兄と徹夜していた。

会う前は2度と会いたくないと思っていたのに、なぜか直前になるとワクワクしていた自分がいて奇妙だったが、実際話してみるとそれなりに楽しかった。

とはいえ、私は聞く一方で、ほとんど兄が喋っているだけだ。

もちろん、兄は何度も同じことを言ったり自慢話や語りが入るので気が滅入るが、そこはスルー気味にしている。

夜、誰もいない居間に私が座っていると、兄も隣に来てギターを弾いたりしていた。

私が残ってくれて嬉しいと言っていた。

私もこれと言って深い考えがあったわけではないが、彼は病的な寂しがりなのだろう。

兄は明石家さんまも真っ青になるレベルでずっと喋り通していて、妹と母は疲弊していたが、私は不思議とそこまでではなく、たまに嫌悪感はあったが苦笑いしながらも聞けるレベルだった。

やっぱり頭がイかれてるなあ、というのが正直な感想だが、自分と似ているところもあると思った。

兄弟四人の中で、私と兄はところどころ被るところがある。

だからか、兄の気持ちは100パーセントわからないわけではない。

ただ、意見がコロコロ変わるので信用には欠けるのだ。

兄はビール缶を6本以上飲んだりしていた。

さらにうちにあったが誰も飲まず放置していた開封済みのワインも飲んでしまった。

酔えない酔えないと言って、何度も同じところで酒を探していた。

そのたびに私はもう酒はないってと言った。

・部分癲癇の話

食事中、兄が妹に変な芝居を始めた。

握手を求める動作だ。

妹は本気で怖がっていた。

するとソファにいた母がいつになく(?)真剣な顔で起きたの?みたいなことを言った。

なんだ?と私も固まっていると、兄は部分癲癇のような症状が出ているのだと。

そのときの芝居をしたようだ。

帰って来る時も、母の前で固まって涎を垂らしたらしいが、記憶がないらしい。

他には握手を求める動作をしたり、大丈夫です、大丈夫です、と呟いたりするらしい。全然大丈夫じゃないが。

・お人形遊び

兄は人形が大好きで、動物の人形に愛おしそうに話しかけていた。

兄曰く、人形は言葉を語っているのだと。

私も実は割とそのタイプだが、くそまじめに言われるとちょっと大丈夫かと思う。

・男をボコボコにした話。

あとでやっぱりもっと殴るかと思ってビール瓶を持って歩いていたら、サツが来たので床に置いた。

サツに話を聞かれたが、ちょっと当たっただけなんです見たいなことを言ってごまかした。

相手の男は前科持ちだったので丸く収まった。

・ホストをやっていた時は、数少ない酒飲み要因だったので重宝された。そのおかげで出世した。

・その顔でホストとかなめてんの?と言われたこともあった。だが図太かったのか、なんとかやれた。

・なんでもできるよ、とうわごとのように言っていた。

真冬の夜に窓を開け放し、冷たい空気が入って寒かった。

兄はラッキーストライク(中学の時初めて吸った思い出のやつらしい)にチャッカマンで火をつけて吸っていた。

昔のことを忘れないところは私もそっくりだ。

母は過去をすぐ忘れるタイプだという意見が一致した。

兄も私も母のタイプは理解できない。

私も一本もらったがすぐやめた。元々吸っていない。

冬の冷気と、タバコの匂いが、なんだか郷愁を誘った。

風俗をやっていた友達の寮に行った時を思い出した。

非日常感があってよく覚えている。

ダフトパンクとか他のDJの曲とかを流していた。

・あらゆる◯◯をやっていた。

イケメンの友達にも勧めたが、その人は頑なにやらないと言っていた。

一度でもやれば大変なことになるとわかってたんだろうな、と感心していた(当たり前だけど)。

Bくんに似てるなあと思った。

兄と話していると、精神病患者と話しているような感じだ。

というか、癲癇なら最早精神病といってもいいのだろうか。

他にも色々併発している気がする。

双極性障害自己愛性人格障害とか。

最悪なのは、両親が全く精神病に理解がなく、世間体が命なので真剣に考えないところだ。

まともな人なら誰がどう見てもおかしいのだが、騙されやすいし人を見る目がないので、兄の言うことを信じ込んでしまう。

こう言う人と話すコツは、スルーすることだ。

真実だと思わないこと。

いかに自分をよく見せる発言や誰かを思ってる発言をしても、全部嘘くらいに聞いておく。

更に質が悪いのは、こう言う人と家族で、巧妙に自分の思い通りに操ろうとしてくるところだ。

本当に自分にメリットがあるのか、流されてないか考えたほうがいい。

信じたとしても、相手は責任を取ってくれないし、言うこともコロコロ変わる。

兄は色々な夢を語ってくれたが、残念ながら実現や、万が一実現しても継続は難しいだろう。

だが、彼を止めるものはいないのだ。

だから、私もそれを尻目に見ているしかない。

むしろ止められないなら楽しんでみようかと思ったりもする。

兄は父の信用を取るためには、初日に私や妹がまた仕事に出ることが重要だと力説していた。

兄の言うことはあまり意味がわからなかったが、私もまあいいかなあくらいに思っていたけど、もう仕事の時間までわずかだった。

それに連日歩きすぎで右足の裏が折れたみたいな痛みがあり、これはちょっと無理だと思った。

妹曰く、父の信用云々は嘘で、ただ自分が一人で仕事に行くのが怖いからいてほしかっただけじゃないか?と言っていた。

兄は若い頃に都会でしてきた経験が忘れられず、もう完全に何かが狂ってしまったのだろう。

その気持ちは少しはわかる。

私は狂ってまではいないが、若い頃に経験した音楽活動や他の出来事、出会った人たちを忘れることはない。

彼の中には複数人の人がいるようで、昔を思わせるようなまともな顔をしたり、かと思えば空虚でぽっかり闇に空いた穴のようなゾッとする目つきをする。

結局、私は足が痛いので仕事には出なかった。

兄も時々で言うことが変わるのは知っていた。

兄は、スピリチュアルや占いやらを勉強していて、自分の使命は人を助けることだと気づいたらしい。

言っていることはまともだが、どう見てもそんなことができるまともな顔ではないのが残念だが。

彼はまるで一族の闇をすべて背負ったような人間だ。

みんなが放置してきた何かしらのカルマのようなものが蓄積して出来上がったかのようだ。

この人間とどうやって共存していくのかは誰もわからない。

というかまともに考えたがる人間は一族にはいない。

強いて言えば私くらいだろう。

その他も色々ありましたがとりあえず長いので終わります。

発達障害とそれに近い人

発達障害とそれに近い人

私は発達障害ではない。診断を受けてないので。

でも限りなくそれに近い性質で、困ったことも死ぬほどある。

まず、整然と人が並んでいるところに、自分の位置を見つけることがすごく苦手。(お店とかのたての行列は別。というか行列嫌いだけど)

というか人がたくさん並んでいるのを見るだけで軽くパニックになる。

今はテレビなどでもやってるし、発達障害が認知されてきていたりしている。

ただ、実は本当に困るタイプは、発達障害の人ではなくて、発達障害に近いけど普通に見えてしまう人なのではないかと思う。

私はそのタイプで、空気も読むし、明らかな学習障害があるわけでもない。

でも人と違ったり、同じようにできないことがたくさんある。

よく今まで生きてきたなと思うくらい。

私はそれを恥じに思い、なんとか隠して生きてきた。

だからか、自分は精神病や発達障害だとオープンにして生きている人が少し羨ましく感じるのも事実だ。

ただ私が意地に思ってしまうのは、親の反応が影響しているのではないかと思う。

私の親、特に母は、世間体が命の人で、子供が発達障害なんてまず考えたくないだろう。

まして人と違うことなど許してくれるとは思えない。

ニートですら、花嫁修行とでもごまかさないといけない人なのだから笑

そんな母自身も、私からすると、いや私以上に発達障害なんじゃないか?と思うシーンが多々ある。

父に至っては明らかにヤバいところだらけだ。

祖母は確実におかしい。

羨ましいと書いたけど、でも、私はこれでいい、という自分もいる。

仮に発達障害とわかったところで、生きやすくなるわけでもないし、むしろ茨の道かもしれない。

発達障害に甘んじて努力をしなくなってしまう危険性もある。

だって昔から人と馴染めないことはわかっていたし、親は恥じても私は変われないし仕方ない。

妹からも、この前母に呼ばれたけど目の前の仕事が気になってフリーズしてしまい、発達じゃないかと言われた。

久々でボーッとしてただけで発達呼ばわりってと少しカチンと来た。

ただ妹は悪気があるのではなく、発達と認められたら生きやすくなると思ってる節があるのだ。

(前に自分の願望なのに、ヒモになれば?とか言ってきたような人だ。私はヒモなんて望んでない)

普通に会社に行ったり普通にバイトもできないし、まして普通に家庭作ってなんてのは無理ってこともずっと前から知ってるし、別に望んでもいない。

だから私がしなきゃいけないのは、はみ出し者の自分を恥じずに、むしろ堂々と生きていくことかなと思っている。

地獄の家業修行編

数日前から実家の仕事の手伝いに行っていた。

母が家を空けるので、その数日前から仕事の復習みたいなことを含めてやっていたのだ。

続けて朝晩連続で行っていたので、朝早いため、夜寝る時間もあまりなかった。

久々に手伝いに行った初日は死ぬかと思った。

家事以外何もしてないニートから突然肉体労働をしたものだから体へのダメージがかなり大きかった。

なんとなくは覚えていたけど何をすればいいのかいまいち流れが思い出せなくて苦労した。

というわけで今日は母がいない日の最終出勤日だ。

つまり今日、母と兄が帰ってくる。

母がいた日は父妹私含めた四人体制だったので、両親もだいぶ余裕があったのか父もおとなしかった。

というのも、家畜が何かイタズラをした時などに私か妹が叱るので、そのぶん父が発狂することがないためだ。

私たちがいち早く父が気付く前に家畜のトラブルに気づき、父の発狂を未然に防いでいるせいではないかと思う。

母は私たちがいることで安定したのか、仕事中にもかかわらず終始ニコニコしていた。

ただ相変わらず色々細かくはあったが、一応素直に聞いていた。妹は少し不満げだった。

昨日は母が旅立つ日の朝にやたら張り切ってご飯を作っていってくれた。

もらった美味しい米で作った梅おにぎりと、オリーブ油とレモン汁のマリネ風?の鶏サラダ、卵とウィンナー炒めなど。

昨日は疲労が蓄積していて左肩や腰や腕が痛かった。

右足の裏も歩きすぎておかしくなっていた。

事前に母から家にいる子猫の薬のあげ方を教わった。

子猫をガッチリ抑えてスポイト状の容器に入った薬を口へ注入するのだが、猫が嫌がるので難しい。

この時は母が抑えていて、嫌がりながらも猫が口を開けてくれたのでなんとか突っ込んだ。

昨日もやったのだが、妹が抑えるのでまず苦労して、私が注入係なのだが頭が動いてしまうので薬が漏れたりしてうまくいかなかった。

猫も警戒してしまい口を開いてくれない。

仕事でも疲れていてやや途方にくれ、しばらく猫を歩かせていると、顎を抑えるんじゃなかったっけ?と思い出した。

もう一度妹が顎を抑えると、割とすんなり口を開いてくれた。

やり方が悪かったのだろうが、まるで猫が空気を読んでくれたようで助かった。

偉いねーと撫でた。

初日の仕事は気温がマイナス10度以上くらいだったので、屋内でも耳が痛かった。

それに寒すぎて手も動かなくなってしまった。

これは困ったなぁと思い、みんなで買い物に行った時に仕事用の安いニット帽とカイロを買った。

耳は寒くなくなり、カイロも思ったよりあったかくはなかったがないよりだいぶマシだった。

しかし母はこれといった防寒対策をしておらず、なんて強靭な肉体なのだろう。

まあ私はただでさえ脂肪が少ないので同じではないのだけど。

父は流石に外作業の時はイヤーマフをしているので、耳が弱いのは父譲りかあと思った。

昨日の夜はレンジの塩焼き鳥、梅おにぎり、ラーメンを妹と分けて食べた。

なんてしょっぱいメニューだ。

妹は焼き鳥を見るとお祭りを思い出す、と言っていた。

昨日、一時は旅立った母から連絡がないとかで妹と色々変な心配をしていたけど、なんとか連絡も来て一安心。

だるくてしょうがなかったが、なんとかお風呂に入ってから、母が何かで余した生クリーム入りのココアを飲んだ。

私は喉が渇いてしょうがなく、牛乳やお茶などを何回か飲んだ。

夜は明日に向けて余ったトレドミンを水で飲み、なんやかんやしていたらほとんど時間が無くなったが床についた。

1時間ほど寝て目覚めると、体調がおかしかった。

冷や汗みたいなものが出ていて、動悸がする。

冷や汗が出ることはめったにないし、何かで冷や汗はあまり良くないと見たことがあった。

しばらく待ってもずっとそんな感じで、朝の仕事で着替えることすらできずじっとしていた。

トレドミンが悪かったのだろうか、妹をあの地獄に一人でいさせては困るだろう、しかしこの具合の悪さではどちらにしろ平気ではいられなさそうだ、と色々考えた。

15分ほど経つと妹が部屋に入ってきた。

私が罪悪感と体調不良で死にそうな声で状態を伝えると、諦めたように妹が去っていった。

申し訳なさでいっぱいだったが、もしかして私は休みたいから病気のふりをしていて、行かないとなったら治らないか?と思ったが治らなかった。

父にも連絡し、そのうちに睡魔に襲われて寝た。

その後、妹が帰ってきた。

音だけで疲れているのがわかる。

妹が猫に薬やるぞと部屋に入ってきたが、疲れ果てていて機嫌が悪そうだった。

なんだか暗に私を責めたがっているように見えて申し訳なくも思ったが、妹は私に対してこういう時優しさがないよなあとちょっと悲しくも思った。

気まずい沈黙が降りていたが、父が猫を連れてきて、薬をやるらしかった。

私が体調不良なせいか、父自ら猫に薬をやるようだった。

私はほっとした。動物の相手は父の方がよほど慣れている。

ガッチリと顎を開けさせて、少し無理やりだったが薬を入れていた。

さすがうまいなあと思った。

毎回やってくれたらいいのに笑

それからは猫のおかげで空気がマシになり、妹とご飯を食べに一階に降りた。

この猫には本当に助けられている。

喧嘩していた両親が一応修復したのも(というか会話をするようになった)この子と死んだ兄弟の子が病気になったことがきっかけだった。

祖母もメロメロでもう部屋から離そうとしないし、私の家族には癒しが足りなかったのだなあと実感する。

その後、祖母が居間に来る音がしたのですれ違いざまに食べ物を持って逃げて、食べた後、妹に頼まれて湿布を貼った。

妹には私のせいで酷使させてしまったからと言った。

夕方は大詰めなので、なんとか出ようと思うが、未だに動悸がする。

変な病気だろうか……。

ともかく今日はなんとか乗り切ろうと思う。

まあ、あいつが帰ってくるから平和ではないけど……。

あ、そうだ、関係ないけど学生時代大好きだった時効警察のドラマをまたやるらしいので楽しみだ。

カオスそうだけどw

Cの件でまたもやボヤ騒ぎが起きた件

またまた続報です。

Cの件で地味に炎上騒ぎになっていました。

私の周辺で。

いやボヤ騒ぎですかね。

といっても第三者から何か言われたとかいうことではありません。

ネットの友人(以下Dとします)に、Cとの仲直りを報告したらお説教?を食らいました。

しかし結論から言うと、私の返信に対し、Dからも謝罪されました。

なぜこんなことになったかというと、Dには傷ついたことへの共感はされませんでしたが、一応私を応援する形で一旦終わったはずでした。

しかし私が、Cに正直に傷ついたことを話すと謝ってくれたよ、という報告をDにすると、めちゃくちゃ長文でお叱りのようなLINEが来ました。

私はそれでDからはめでたしよかったね、で終わるつもりでした。

Cとの件でやや疲弊していたのでまた来たかと驚きました。

しかしアドレナリンのようなものが出ていたのか、なぜか昨日の私はハイテンションでした。

返信は冷静に書きましたけど。

Dの言い分は、傷ついたことを話しました、謝られました、めでたしめでたしでいいの?ということでした。

また、Cの発言はDにとって図星で動揺したということも書いていました。

要約するとゆっくりでもなんでもいいけど今動かないとダメなんじゃないの?みたいな内容でした。

正直今の私にとって再び的外れなことを言われてしまったなあという印象で、受け取る必要はないかなと思いました。

そういうことも素直に書いて、私は怠けて見えるかもしれないが、今までも考えて自分なりに生きてきて、今の自分はできることをやろうとしています。むしろ私の問題じゃなくてあなたの問題なんじゃないですか?と言いました。

しばらくして返事が来て、謝罪が書かれていました。

あなたのいう通りです、私の問題でした。受け取る必要はありません。というようなことが書かれていました。

二人から謝られるとものすごい悪者になった気分でした笑

ちなみにこの騒動を妹は楽しそうに聞いていました。なんて趣味だ。

Dは精神が不安定というか、精神的な病のようなものがあるので、うつ状態になってしまったのかな?とも思いました。

あとなぜかDの中で、私がCに惚れ込んだことになっていて、その事実はまったくないとも書きました。

今回は二人は謝ってくれたし理解してくれましたが、そうじゃない場合本当に疲弊するだけなんだろうなぁ。

というか昔ネットで変なやつと言い合ったり、一方的に責められて夜中中ノイローゼみたいになった嫌な記憶を思い出した。

この騒動の中で、私は妹に今ある勉強を本気でしようとしているというのを打ち明けました。

すると、がんばれ!と言ってくれました。

以前の自分なら否定していたかもと言っていました。

そんなこんなで波乱の新年ですが、またまたこの先も我が家は波乱続きだと思うので、心臓を鍛えておこうと思います。

友人Cの速報と大モテ期

例の年上の友人Cとの件です。

いつまでも愚痴を書くのはやめます。

というのは、仲直りしました。

非常にあっさりでした。

しかし私が今まで嫌だった言動などもかなり勇気を出して言いました。LINEですけどね。

親しき仲にも礼儀あり、の逆で、彼はとても仲良しのつもりだったので、ついつい言いすぎて傷つけてしまった、と謝ってくれました。

今回私が傷ついたことも、私がいうまで気づいていなかったようです。

しっかり私の気持ちを伝えるということも、家族間ではなくて、伝えても謝られることはまずなかったので、他人にも言えない性格になっていました。

このことは、私の成長にも繋がってくれた気がします。

あそこで言わずに我慢しなくてよかったと思います。

Cとの仲も、その先の私もきっとモヤモヤしたままだったと思うと怖いです。

これを機に、Cともこれからさらに良い関係を続けていけたらいいなと思います。

ちなみに、Cが私を好きかどうかというのは謎です。

なんかその線はない気がしてきました。

てかそれだったらとっくにアタックしてますよね?ww

ああ恥ずかしい。いつも私の妄想で終わるのだ。

彼氏がいないか聞いたのは脈アリだ、とネットの友人は言っていましたが、会ったばかりならまだしも、数年後にそれありますかね?w

彼氏作るかなんて、現代的な価値観で言えば、今時どこにいても一応出会えますから、引きこもりとかあんまり関係ないですけどね。

ただこの田舎で作りたくはないという個人的なこだわりがあります。ま、どうせモテないんですけどね。

ちなみに私はある占いで、今年は数十年に一度の大モテ期だそうですww

これを逃せば次のチャンスはクソババアです。あるいはあの世です。または来世。

そんなときにど田舎の実家に引きこもりとか切なすぎる……。

引きこもりにはモテ期もクソもねえ。

とりあえず、今年中には家でたいです…(泣)