アダチルニートの明るい脱獄日記

ニートじゃなかった期間を経てニートに還る。アダルトチルドレンのムショみたいな家の苦しみの叫び。いつか脱獄できることを誓って。百転び百一起きの精神で読んでる人を笑わせたいネガティブに。

日本は偉いという最近の風潮

日本は〜的な記事が増えてるけど、本当に日頃から思ってること。

まず言っておくと、別に私は日本死ね!とは思ってない。

面接落ちた日本死ねとか思わない。

たまに思うけど。

生まれたところにも特にそこまで愛着はないけど、生まれたところだからそれなりの愛もやっぱりある。

それを置いておいて、今回のテーマに入る。

日本を誇ろう!みたいな番組が増えてる気がするのは気のせい?

あれを見るたびなんとなく変な気持ちになるのは私だけなのか。

大抵、どうせ誇るといっても技術の凄さを見せつけてるだけ。

確かにそれを作った人は凄いけど、それで日本が凄いってなるのはなんだかなー。

その人が凄いだけで日本は凄くないだろ、と思う。

日本は恵まれた国、日本は凄い国、っていう人がいるけどそれもどうなんだろう。

恵まれてるのに毎年自殺者が後を絶たず、働くために人生を犠牲にして、国民の幸福度も低い。

学費やら医療やら税金もバカ高い。(無料の国だってあるのに。まあ、その点のリスクも色々あるんだろうけど多分)

夫婦だとまだまだ夫は家事に非協力的なのが普通、子供も育てにくい環境だから子供が増えにくい。

学校という刑務所みたいなところに詰め込まれて、詰め込み教育されて一番貴重な時期を無駄にすることが良いことだと思われている。

あらゆる技術は低くても、幸せに生きてそうな国はたくさんある。

むしろ逆。

便利で発展してるといわれる国ほど不幸せな人が多い気がする。

これのどこが恵まれてるんだろう。

綺麗で整備された環境に住めて、割と美味しいものが普通に食べられて、発展した技術に囲まれて、安価でお洒落が出来ることだけが幸せなら恵まれているのだろう。

なのに、この国に住む人々の多くは幸せを感じていない。

暮らせるくらいお金をもらっても給料が安いと文句を言い、休みが全然ないと言っては死にそうになり、幸せそうに生きている人を妬むようになる。

本当にこの環境に心から感謝して、幸せだと感じられる人がどれほどいるのだろう。

前にやはり、日本は凄いという番組をやっていて、私はその時も「いや日本じゃなくてこの人がだろ!」とツッコんでいたのだけど、それは置いといて。

日本人のある人が、綺麗な水を飲めないある村に井戸を作ったという。

おかげで病気は減り、人々は綺麗な水のありがたみを知って喜んだ。

日本に欠けているのはありがたみじゃないだろうか。

今はあらゆる便利さが当たり前になってしまって、どんどん上を求めるようになる。

感謝しろ!とかそういう話をしたいわけじゃなく、人間は当たり前と思うと感謝できなくなる。

前述の水のありがたみを身をもって知った村人のように、先人の苦労があって今があるということを日本の人たちは誰にも教えられず、幸せを感じられない人が増えているのではないだろうか。

おもてなしとか言ってるけど、日本人のほとんどは親切な国に比べて通りすがりの外国人を助けたりしない。

おもてなしはどこいった。

まず心に余裕がないというのも大きな要因だと思う。

自分が瀕死な状態なのに他人を助けようとして死ぬ人みたいなものだ。

自分は割と底辺なので、ぼろ家とまではいかなくても、家に住めるだけで、仕事があるだけで、飯が食えるだけで幸せだと思っている。

とはいえ、今が幸せかといわれると正直微妙だ。

それなりには満たされてるけど、精神的な幸せとしてはやはりイマイチなのだ。

今の労働環境とか労働環境とか労働環境とかね笑

いつになく真面目な記事を書いてみました。

慣れない社会的な問題を書くと疲れるね。

性に合わないのでしばらく書かないと思います笑