アダチルニートの明るい脱獄日記

ニートじゃなかった期間を経てニートに還る。アダルトチルドレンのムショみたいな家の苦しみの叫び。いつか脱獄できることを誓って。百転び百一起きの精神で読んでる人を笑わせたいネガティブに。

幸せな日々

我ながら自分は単純だなと思うが、仕事に行き始めてからの数日、幸せである。

家族とも比較的和やかに笑い過ごしている。

仕事に行かないと、罪悪感から来る防衛反応なのかわからないが、どんどん殻に閉じこもって人間不信になる自分がいる。

かといって、本当に嫌だと思う職場に行くのも相当に辛く、まさに体と心が分離しているように辛い。

この数日の記事を読めばわかってもらえると思うが、頭がおかしいんじゃないかと思う。

今日はとても嫌な気分、次の日は天国みたいな気分。次の日は地獄…。

躁鬱病のようだ。

でも今は、躁状態みたいな不安定な喜びではなく、心から幸せを感じている。

最近思うのは、幸せというのは「好きな人と付き合えた!」みたいな大きな喜びではなく、しみじみ感じるものなのだということ。

そういうことを、自然とできる環境(家庭環境や学校での環境)に恵まれた人が、当然のように幸せな人生を送るのは当たり前なのだ。

そういう正の積み重ねの延長で作られた連鎖しか知らないのだから。

むしろ、突発的な不幸でも起きない限り、不幸せになるほうが無理というくらいだろう。

自分のような、周りに変な奴ばっかりいるところに育つと、まさに負の連鎖が作られていくわけである。

幸せな人たちなら警戒するし、絶対に交わらないような人たちと人生が交錯し、それはそれは楽しい人生となる。

松下幸之助もゴキブリを見るような目で避ける、不運の名人になるのである。

色々あったけど、でも、自分の人生はそこそこ気に入っている。

人生はって、少なくともあと生きてきた半分以上は生きるはずだけど。

悟ったふりをしすぎないように、何も知らない馬鹿のままで生きていたい。