アダチルニートの明るい脱獄日記

ニートじゃなかった期間を経てニートに還る。アダルトチルドレンのムショみたいな家の苦しみの叫び。いつか脱獄できることを誓って。百転び百一起きの精神で読んでる人を笑わせたいネガティブに。

恐怖の牛肩ロース

昨日は母が珍しく(?)牛の肩ロースなんて買っていた。

夕ご飯に遅れて来た私に肉を焼くと言って、妹が美味しい焼き方みたいなのを調べて、母がそれを聞きながら焼いた。

塩と胡椒のシンプルな味付けで味は美味しかったが、硬かった。

焼きすぎたのかもしれない。

なんだか嫌な感じがするな、と思っていたが、その予感は当たった。

母と妹は調子がいいときはとても仲が良く、和やかに見える。

側から見たらなにもおかしくないように見えるが、私にはいつからか嘘くさいうわべの家族ごっこに見えるようになった。

妹がどうというより、母が不安定だからだろう。

私が牛肉を食べているそばで、母が「◯◯ちゃんに精をつけてもらおうと思って」となんだか含みのある言い方をした。

母が座っている私を上からじっと見ているのがわかる。

私は嫌な汗をかきそうになりながら、ホラーゲームのように母と目を合わせてはいけないと思った。

これは無意識に母が支配しようとするときに良くやるやり方だ。

普段目を見て話すことはないが、いうことを聞かせるときは目を見るのだ。

やっぱりそういうことだったか、と思った。

母は私に早く元気を出して、あのクソみたいな職場に来いと言いたいのだ。

そのためならなんでもするわ、とでも言いたげだ。

確かにはっきりやめるともなんとも言わない私も悪いのかもしれない。

実際、言いづらい。

でも母が考えるべきはそこじゃない。

いつも何かズレている。

母はこの家の問題を、まるで大したことなどないかのように、丸く収めるために労力を使う。

根本的解決をする気などさらさらない。

だから、「なぜ私が仕事に来ないのか?」ではなく、「どうしたら(自分のために)仕事に来てくれるのか?」「そうだ、いいものを食べさせればいい」という短絡的な思考しかない。

私は母のように単純ではないので、そもそも美味いものを食ってがんばれるタイプではない。

美味いものと、嫌なことは別のことだ。

私は母のあまりの単純さに呆れた。

もう二週間近く仕事に来ていないのに、なぜ再び仕事に来ると思えるのか。

最早、私の家族、特に両親は、妄信的に良い未来しか信じていないのだ。

良い未来はみんなで作ろうとするから作られるのであって、他人の気持ちすら考えずに、良い未来が来るわけはない。

正直、お金は欲しいし、仕事に行こうか迷うこともある。

けれどやはり積極的に足を運ぶ気にはなれないのだ。

罪悪感も前ほどではないとはいえ、祖母に会えば文句を言われたりと、家では肩身がせまい。

多分母は、私がはっきりとやめる意思を告げでもしない限り、おべっかを使い続けるのだろう。(古い表現ぽいけど)

それがダメならきっと、あそこを掃除しろだの、髪の毛が落ちてるだのとまたヒステリーを起こして恐怖で支配するかだ。

どのみちこの家には私の居場所なんてない。

何かしらの技術があればどっかで働けたかなあ、と思うが、過去は精神的にかなりヤバかったので無理だっただろう。

今ですらまともに本が読めないのだから。

母自身のきょうだいの借金の話をしていて、呆れたように言ってたけど、お前の息子はどうなんねんと思った。

あいつもやんごとなきカスやろがと。

自分の息子には盲目ってか〜(笑)

私の弟は嫌いでも、息子のことは嫌いにならないでください(笑)(笑)