アダチルニートの明るい脱獄日記

ニートじゃなかった期間を経てニートに還る。アダルトチルドレンのムショみたいな家の苦しみの叫び。いつか脱獄できることを誓って。百転び百一起きの精神で読んでる人を笑わせたいネガティブに。

AC視点から見たあたしおかあさんだから炎上問題

世間(Twitterを?)の女性たちを騒がせたある歌があるらしい。

「あたし おかあさん だから」という歌。

作詞者は絵本作家だそうだ。

https://matome.naver.jp/m/odai/2151780552897276201

詳細はこれをみてほしいが、簡単に説明すると、自己犠牲的な色の強い母親像をうたったこの歌詞が問題となった。

母親をバカにしている、愛情の押し売り、等々。

私としては、率直に言って、別に普通の歌じゃないかなと思った。

炎上したということは、母親の意見が多かったということだろうか?

あとでちゃんと読むと(最初から読めよ)独身女性の意見もあったらしい。

(追記。

むしろこの歌は女性たちには悪影響しか与えないし、男性が見たら「これが母親なのか。これからは負担かけないように気をつけよう」と思うか、「これが母親か。じゃあ俺は何もしなくていいな」となるのかはそれぞれだろう。

子供がみたらなんとなく不快になるかもしれない。

しかし当事者の女性以外はさほど影響がないのではという気もする。

最後になったけど、女性にはやっぱり失礼な歌としか言いようがないというのもうなずける。)

あと、この歌は普通に毒親の人に多い思考の歌じゃないかなと。(毒親まで行かなくても、限りなくそれに近い状態)

個人的には、この歌詞だけを読んで、特別母親をバカにしているとも思わなかった。

自分が母親だとしても、おそらく自分はこの母親のように何もかも我慢はしない気がするのでふーんくらいに思ったかもしれない。

というか、これが実際の、日本の母の現状として多いんじゃないかと思う。

もし日本の母が自由に生きてたら、この歌を聴いてバカにされてるとも思わないし、特に反応もしなかったんじゃないだろうか。

私の知り合いも続々妊娠や出産とかしてるけど、育児もやりつつそこそこに遊んでるお母さんもいれば、出産したら自由がなくなる覚悟でいる人もいる。

この歌詞みたいなお母さんにならないようにという教訓にしたらいいのではないかな。

だいたいこの国は我慢を強いられすぎている。

私の家もお母さんばかりが我慢してきた家庭だから、子供にもゆがんだ影響が出てしまった。

私はお母さんにもっと楽に生きて欲しかったと思った。

家事なんてたまにほっぽっていいから、自分の好きなことをやって少しでも楽しそうに生きていて欲しいと思った。

今も一緒に住んでるから進行形だけど。

僕お父さんだからという歌詞を作った人もいるみたいだけど、崩壊した家庭の私としては、全く共感できなかった。

こんなえらいお父さん存在するんだと思った。

特に話は聞いてないが、うちの父は家事も育児もこれっぽっちも手伝わなかったと思われる。

ただ、この歌詞みたいなことをした世の夫で、「俺仕事もやってんのにこんなにやって偉いだろ、いい父親だろ、褒めてくれよママぁ!」みたいになる人がいるとしたら違うなと思う。

それが当たり前の国もあるし、この国が遅れているのだと思う。

あとまた個人的な感想でいうと、「あたしお母さんだけど」みたいな風潮もあまり好きではない。

あたしお母さんだから、が自己犠牲的な母像を歌っているのに対し、あたしお母さんだけどというハッシュタグをつけて、あたしお母さんだけど育児休んでたまに遊んでるよみたいなツイートをするというものである。

説明下手で申し訳ないが、百聞は一見に如かずであるので見て欲しい。

こういうのは傷の舐め合いのように見えるのであまり好きではない。

傷の舐め合いというか、それで私は違うのよといって自尊心を満たしてるような印象を受ける。

こういう風潮前にもあったな。

なんだったかな。

忘れた。

世間では炎上しているみたいなので自分はあえてとても冷めた視点から見てみました。

見てみましたっていうか、冷めた感じになっただけ。

なんていうか、人が何か小説とか歌とか発表すると、それを発表した人がどういう思想を持っていて作ったのかなどを考えると、一概に批判を並べるのも違うなと思うようになった。

一応自分も素人とはいえ、昔から色々創作してきた人間だから、言うのは簡単でも作ることがどれだけ大変かはわかっているつもりだ。

この歌詞が炎上した原因は、この作詞者の母に対する理解の少なさ(データの少なさ)のようなものだったんじゃないだろうか。

本人の弁解を見るに、悪意があったわけでもなさそうだし、そこまでぶったたく必要もない気がする。

(追記。ちゃんとまとめを読むと、作者のかまってちゃん感というか空気の読めなさが見てとれたので印象が変わった。これは叩かれてもしょうがない)

私は、たとえ夫婦喧嘩してても人間らしい親が良かったなと思った。

人間、子供をしっかり育てたかどうかではなく、子供のことを思って育てたかどうかが重要だなとしみじみ思う。

それが正解か間違いかは関係ない。

人間は未熟なものだし、一般に親になる年齢も若いのだから間違いがあって当然だ。

あとで間違いだったかもしれないと反省できるのなら、ちゃんと親をやっていたといえるのかもしれない。

私の親は、喧嘩しているのなんて見たことがないくらい人間味も感情も感じられない夫婦関係だった。

そしてこんな冷めた子供が育ち大人になりニートになったのだった。

世間の毒親ってやたらわめいてるイメージがある。

うちはその逆。とにかくモラハラが横行している。

不気味で不可解な家庭である。

追記

あとでちゃんとみたら作詞者がTwitterで「この歌詞をみたら号泣する」と豪語していたが、この態度にも問題がありそうだ。

毒親持ちなら、この歌を聞いたら別の意味で号泣するんじゃないだろうか。

ここまでしてくれるお母さんがいるのね、と思うか、さんざん恩を着せられまくって嫌な思いをしたか。