アダチルニートの明るい脱獄日記

ニートじゃなかった期間を経てニートに還る。アダルトチルドレンのムショみたいな家の苦しみの叫び。いつか脱獄できることを誓って。百転び百一起きの精神で読んでる人を笑わせたいネガティブに。

エンディングノートのようなものを書こうかと考えている

朝、妹がノックしてきてつっかけを取り部屋に入れた。

眠かったので目を瞑ったまま会話していた。

昨日は酷い鬱状態だったなと思い出す。実際、鬱病診断をするとこれが出た。

f:id:b_spring:20180228104842j:plain

たまに自己診断とかやると重い鬱だと言われるけど、結局治療しようとしていないので意味がない。

もう社会的に死んでる時点でかなりヤバいはずなんだけど、人間不信というか医者不信が強すぎて終わっている。

自分で言うのもアレだが無駄に洞察力が高く、また先を見通してしまうため、生きていくごとに絶望が増していく。

今より若い時は経験も知識も少ないので未来があったが、いまは無駄な失敗経験や知識が増えたため、ほぼ確信に近く「自分はダメだろう」という未来が見えるので、より現実的な絶望が襲ってくる。

薬を飲んで少し回復したものの、やはり食欲は湧かず、空腹のままベッドから離れていない。

昨日、鬱状態を引きずったまま重い体を動かしてなんとか食事を摂り、風呂に入った。

テレビをつけると胡散臭い人間たちが笑っていて気分が悪くなりそうだったので、結局いつものNHKをつけた。

NHKも(個人的に)鬱陶しい番組をやっていることもあるが、深夜は大体景色のやつ(山とか自然の)をやっているので見やすい。

最近はやたら山のやつを見ていて、記憶力がよければやや山に詳しくなりそうなくらいだ。

覚えてないけど。

ふとエンディングノートというやつを思いついた。

年をとった人が終活とかいうやつでつけるノートだ。

自分もあれのようなものを書こうかなと思い立った。

まだ死ぬ気はないけど。

しかし自分は突発的に自殺しないとも限らないので(何しろ自分でもいつ何をするかわからない性格だ)、整理をしておくのは良いことだろう。

ただ、終活の人は本当に自分が死んだ後に向けているので、自分の場合まだ死ぬ気はないため、私物の処理などの意向は変わってくる。

私は自分が死んだら、残った服とかどうでもいいし、書いたものとかも焼いていいけど、死ぬ前提じゃない場合変わってくる。

死ぬというのは要するに壮大な引越しのようなものだと思う。

つまり引越したあと、実家に残った私物を家族にどうして欲しいかということに似ている。

私はまだ生きているので、もしこの家から脱獄して残った私物をどうしてほしいか考えておいたほうがいいかと思った。

できるなら私物は持って行けるだけ持っていきたいが、円満に引っ越せるとも思えないし、家族に消息を知られたくないので送ってもらうこともできない。

それにこれは物質を手放すいい機会かもしれない。

と言ったけど、消息も知られてないんじゃ何も伝えようがないのか。

家族全員と切るわけではないならそれも可能だけど。

しかし一人に住所を教えたら伝わる危険性もあるしなあ…。

なかなか生きている痕跡を消すのって難しいな。

住民票の閲覧制限をかけるとか方法はあるみたいだけど、おそらくそこまで追ってこないんじゃないだろうか。

というか、何も言わずガン無視して去ったほうが、ストーカーみたいに追ってくる危険性が増しそうだ。

やはり連絡くらいは取れるようにして、追ってくるなと伝えたほうがいいのだろうか。

でもGPS云々とかあるしなあ…。

そもそも色々と親の扶養に入っている時点で難しいか。

どうも脳がイカれているのと、手続きだのをめんどくさがるせいでその辺を避けてしまう。

変に連絡をとると、前のように母親から帰ってこいなどの気分を害するメールが来て、精神に多大な悪影響を及ぼしてしまう可能性がある。

今引越しを考えているあたりの物件を見たりしているが、実現はいつになるのかわからない。

免許の話もあったけど、それまでそもそも自分はまともに生きられているか自信がない。

もう今年に入ってから限界がきたのか、本当に調子が落ちている。

今免許をとるとしたら、その間この家に縛られることになる。

母親に怯え、父の支配により私の精神はすり減っていくだろう。

筆記試験はともかく(記憶力は悪くはないと思うが何分脳がイカれているため不安ではある)、おそらく運転の訓練は人より多大な時間をかけないと人並みにできないだろうと予測する。

いつ合格できるかもわからない。

免許も取れないのに引越して生きていけるのか?ともう一人の自分が問うてくる。

わかんねえよそんなもん。

この家に搾り取られて寿命を引き伸ばされながら弱って死ぬのか、外に出て束の間の自由を謳歌して死ぬか。

二極思考ってやつかこれ。

でも真ん中なんてないんだよな、これに関しては。自分の中で。

まともな人ならどう考えるのか?

まずはちょっと遠くに引越して、それからもっと遠くにとか?

親の援助を受けつつ別居とか?

親との不信が強すぎて二極思考になったといっても過言ではないのかもしれない。

関係ないけどこの前母が機嫌いいときに、うちの子はみんな◯◯高校出たもんねとやや誇らしげに?言っていた。

◯◯高校は近辺では一番でかい学校だ。他の学校はよく知らんけど。

校舎も立派でグラウンドも広い。

生徒も真面目な人が多い気がする。(真面目なふりかもしれんが)

今は知らんけど。

母は自分が無意識に子供の人生を操作していることに気づいていないので、まるで私たちが喜んで◯◯高校に行ったかのように言っていた。

別に可もなく不可もない学校だし、先生も悪くはなかったけど、私は母に行かされただけだと思っている。

他の選択肢なんてないに等しかった。

どちらにしろ勉強嫌いだったから選ぶとしてももっとレベルの低めの学校しかなかったわけだけど、もし勉強していて、そして家が安心して勉強できる環境下だったなら、別の選択肢もあったかもしれないのだ。

田舎なので図書館に行くとかもできなかった。

恥ずかしい話だが、バスに乗るのが怖すぎて、ずっと親の運転する範囲でしか行動できなかった。

話は戻るが、そもそも自分は高校なんて行きたくなかった。

その実、学んだことなどほとんどなかった。

学んだのはいかに人間がカスかということを思い知らされたこと、精神を病んだことだ。

唯一あるとすれば、ある友人との出会いかもしれない。

その友人がいなければ、今の自分はいなかったといっても大げさじゃない。

そのおかげで、どす黒く濁っていた暗黒の高校時代が虹色に変わった。

むしろあのためだけにあの高校に行ったということにしておこう。

忘れていたけど、私の最後のクラスはアホな人が多く、カオスなクラスで今まででは一番楽しかった。

今まででは、というだけで、やはりほぼモヤモヤしていたことに変わりはないけど。

最初は仲の良い人が本当に一人もいなくて、クラス替えを見て号泣した。情けないが本当の話だ。

それが嘘のように卒業する頃にはクラスメートたちもだいぶ打ち解けられた。

あの人たちに出会えたことには感謝している。

★低コストではじめよう★お店のサイトをもっと簡単にカッコよくしたいと思ってる方にオススメです