アダチルニートの明るい脱獄日記

ニートじゃなかった期間を経てニートに還る。アダルトチルドレンのムショみたいな家の苦しみの叫び。いつか脱獄できることを誓って。百転び百一起きの精神で読んでる人を笑わせたいネガティブに。

自分のことはわからないものだ

※2月26日記述のものです

今回はちょっと、読者様のコンプレックスを刺激したら申し訳ない内容です。

中学の時にいろんな人にもらった手紙を読んでいた。

手紙と言っても、◯◯先生気持ち悪いとか、◯◯ちゃんが◯◯って言ってたよとか、たわいのないことが書かれた流行りのものだ。

そこには、これからも明るくて元気で優しい◯◯ちゃんでいてね。

というようなことが書かれていた。

自分の中では割りと衝撃だった。

人の記憶は曖昧というか、記録を見ないとすぐ忘れるものだ。

だからみんな子供の頃の自分と、大人の自分を分離して考えてしまう。

そうしてみんな病んでいく。

別の人間のようで、別の人間ではないのだ。

人間は脳の一部を損傷しただけで人格が変わってしまうことがあるそうだ。

当然、子供から大人になるまで脳の造りも変わっていくため、成長とともに性格などが変化していくのが通常だ。

けれど、根本はやはり変わらないと思うのである。

と、これもあるブログに書かれていたことでなるほどと思って、無い頭で話を繋げたのだけど、パクリのように思ったら申し訳ない。

先ほどの話に戻ると、自慢のようになってしまうのだが、いろんな人に書かれた中学時代のみんなの私への印象を総合すると、

「明るくて優しくて元気で可愛くて頭がいい」らしいのだ。

(あくまで同級生のイメージです)

どんなパーフェクツなヒロインですか?

(顔の話はまあ置いといてね!)

現在はというと、時々明るいけどだいたい静かで、まあ多分優しくて、無気力で脳みそが死んでいる。

なるほど、脳みその損傷はここまで影響するのか。

いや、損傷した覚えはないけど、明らかに脳みその異常のせいでおかしくなっているのではないか。

正直自覚はしていたけど、家族というか母は精神病にも私の状態にも関心がなかったので、ずっと放置してきた。

自分で病院行ったりもしたけど、なかなか通院し続けることができていなかった。

何より問題なのが、最早私自身真面目に精神科などに通院する気がないということだ。

精神科は結局薬をもらうところ、という私の偏った印象があるので、薬をもらう以外のメリットはあるのかと思ってしまう。

私は近年本当にあらゆることに無気力になっている。

友人から無気力だと言われたと書いたが、それがますます酷くなっている。

前なら何かミスをしてものすごくテンパっていたところを、今はテンパるのすらめんどくさいという、ハガレンに出てくるスロース(怠惰)みたいになってしまったのだ。

かといって、それはおそらく脳の危険を感じる部分が麻痺しただけだと思うので、本当に焦らないわけではない。

それこそ、病院まで引きずり出されないと行く気がしないくらいだ。

実際引きずりだされたら嫌だろうけど(笑)

ボケみたいなものかとも思うが、記憶力はむしろ最近は問題ない。

ただ、恐ろしく無気力なのでやる気が出ない。

思うんだけど、こういう脳みその異常で性格が変わるとかいうのも、宿命的に決まってるのかなあと。

こんなこというと夢がないようだけど。

魂の視点からするとそういう体験も貴重なんではないか。

広い視点で見たら、人間がいいだの悪いだの言ってることも、病気が不幸だの幸せだのいうことも存在しないのだ。