アダチルニートの明るい脱獄日記

ニートじゃなかった期間を経てニートに還る。アダルトチルドレンのムショみたいな家の苦しみの叫び。いつか脱獄できることを誓って。百転び百一起きの精神で読んでる人を笑わせたいネガティブに。

芸術家の反社会思想

(珍しく難しげなテーマですね。今回はやや過激なので気分悪くなったら中断してくださいね)

昨日は不眠と給料を減らされたことでひと知れず怒り狂い、朝食も食べず部屋を荒らした。

(仕事に行く回数が少ないのだから減ってもおかしくないことは頭ではわかっているし、母からもそう言われていた。

でも無性に腹が立った。金を出している父ではなく母が支配してくることに苛立ったのかもしれない。)

といっても理性はあるのでクソ野郎が残した漫画本を床に散らばし、テーブルの上を静かに落としひっくり返し、ハシゴを倒しただけだ。

あとはかけ布団を床に投げたり。

朝だったし下にいた家族は気付いたか知らないが、だいぶ前も母が荒れた部屋に入ってきて「あらあら」という感じだったので多分何も思わないのだろう。

私が言うのもなんだが、頭がおかしいのかと思う。

普通、娘が荒れてたらどうにかしようとか、何があったのかとか何かしらアクションはないのか。

まあ別に何も期待してないからいいけど。

ただ整然とした部屋がムカつくので荒らしたくなるだけだ。

母は頭か心の病気なのか、本気で何かを察したり考える能力がないのだ。

その後はあまり覚えていないが、とにかく怒りを書き綴ったり、ゲームをやったり寝たりした。

深夜過ぎに茫然自失状態で一時間近くかけてぼーっとしながら飯をくらい、その後入った風呂上がりの比較的クリアな頭で考える。

日本に生まれたことは幸せ、と呪文のように言う人がいるけど、実はそれこそが不幸の始まりではないのかと思った。

頭がお花畑でさぞかし幸せな人生なのだろうか。

それもそれで本人がいいならいいのかもしれない。

幸せなパラレルワールドを望めばたどり着けるんでしょうかね。

この考えの縮図がうちのなかでもあるかもしれない。

飯を食える、寝れれば幸せだろ?

とでも言わんばかりの親。

心の問題など知る由もない。

それはあんたらの幸せであって、残念ながらそれだけが私にとっての幸せの定義ではない。

まあ本人も幸せだと言い聞かせてるだけで本当に幸せではないんだろうけど。

周りではまず心から「あ〜〜、幸せ!」なんて言ってる人を見たことがない。

私の周りが不幸なだけなのかもしれないが、1人も見たことがない。

税金を払う意味がてんでわからない。

恥ずかしながら経済力がないため親が払っているのであるが、本当に必要なのかと思う。

みんなはこれを払う意味なんて考えないのかもしれない。

確かに考えても意味がない。

払うしかないのに、そんなこと考えたってどうしようもないからだ。

過激な考えだと、国会に襲撃するとか、デモを起こすとか、外国に逃亡するとかしかない。

とにかく、今すぐ何かを変えることなんて無理だ。

確かになんたら税とかで、働けない人たちの元にお金が行って、なんとか助かっているのなら役に立っているのだろう。

でも、本当にすべてが、困っている人たちの役に立っているのだろうか。

多くの税金は、腹の出た政治家のおっさんの肥やしになっているのではないかと、政治に疎く、アダチルで疑り深い私は思ってしまう。

その金がおっさんの食う可愛い牛が殺されたステーキや魚をぶっ刺してかっさばいて美味しく味付けされたものが胃袋に入り、きたねえ排泄物になると思うと危うくはらわたが煮えくりかえって怒り狂う廃人と化してしまいそうだ。

6畳一間の狭い部屋で、ひたすら国会中継を眺めながらほとんど飯も食わず、足りない頭で一言一句聞き漏らさぬよう発言の一つ一つの揚げ足を取り、政治家の名前を隅っこに映って居眠りしている人の名前まで覚えてしまうほどそのことしか考えないくらいにおかしくなりそうである。

いや、それはさすがにないのだが。

この前NHKでやっていた、なんとか昆一とか言う人が、映画の賞に応募したが落選して絶望し、原敬を暗殺するみたいな極端な思想に走りそうである。

あるいは失恋したショックと病に倒れ、疑心暗鬼が悪化して津山三十人殺しのようになるか。

芸術の道に敗れ、まったく芸術の品性のかけらもない思想に走ったヒトラーのようになるか。

あるいは浅間山荘事件の中心人物だった女性のように極端な思想に走り新興宗教のやうになるか…(彼女も脳に腫瘍があっただかで、しかし世間から冷たい扱いを受けた)

まあ変な冗談はここまでとして。

芸術家は一歩間違うと反社会的な思想に走る危険性があるのだろうか。

その豊かな想像力が、一度方向性を間違うと危険な思想になってしまうのかもしれない。

想像力は偉大だなあ。

私は芸術家だと自分で胸を張って言える気はしないが、確かに昔からやや反社会的な面があった。(まだ可愛いものだが)

看護婦に馬鹿といい、校長に馬鹿といい、保母の先生のケツを叩いた。

校長の件は正直記憶になく、嫌いだった記憶もないのだが、小さい頃というのはよくわからないものだ。

でもとにかく権力というものが理解できず、嫌いだったことは変わらない。