アダチルニートの明るい脱獄日記

ニートじゃなかった期間を経てニートに還る。アダルトチルドレンのムショみたいな家の苦しみの叫び。いつか脱獄できることを誓って。百転び百一起きの精神で読んでる人を笑わせたいネガティブに。

騒ぐのが好きなウェーイ系人種について

ひとりでさんざん暗いことを書いてた。

根暗とか言わないでほしい。

これが私には必要なのだ。

頭の中で洪水のように湧き出るイライラやモヤモヤを言葉にしないとストレスがたまるのである。

他のブログに書いてあってふと考えたんだけど、他人が騒ぐ声をどう思うかについて。パーティーとかの。

確かにイライラする。イライラするどころじゃない気がする。

パーティーやらやたら数人で騒いだりつるむことを好む人種は、主に外国人、究極に寂しい人、ハイパーリア充のどれかに分類されるように思う。

日本人は比較的おとなしい民族だと思う。

日本という環境がそうさせるのかはわからないが、外国に行くと弾ける人もいる。

だいぶ前にそんな感じの記事を書いたが、逆にバンジージャンプとか、ジェットコースターなど、強い興奮を伴うことが大好きな人は、元々体内(脳内?)にある興奮物質が足りないのだという話。

つまりリア充と言われる人はウェーイしないと生きていけない。

興奮物質が足りない人たち。

楽しそうに見えて、実は常に飢えていて、興奮が足りない可哀想な人たちなのだ。(disってるみたいだけど)

飢えているからウェーイと言うのだ。

逆に、脳内の興奮物質が足りている人たちは、読書や音楽など、小さなことで幸せになれる。だからウェーイする必要がない。

外国人でも、比較的穏やかで知的な感じの人たちは、ウェーイしているイメージがないのもそういうことだ。

ウェーイしている人を見てイラっとしたら、「あれは自分とは人種が違う、ウェーイしないと生きていけない人たちなのだ」と憐れむといいかもしれない。

かくいう私は、ウェーイするのも、おとなしくするのも好きな奇異な人間だ。

躁鬱みたいなものかもしれない。

ただし、みんなとウェーイを共有したい、というタイプではない。

私はみんなと仲良くなったり、盛り上がりたいのにできないと思っていたけど、実はひとりでウェーイしたいタイプなのかもしれない。

みんながおとなしい時にウェーイしたくなるタイプというか。

打ち上げとかパーティーとか大嫌いだ。

ただこの大嫌いだ、というのも、普通におとなしい人が嫌うのとはまた違う。

人が数人集まることが苦手なのだ。

だから私は別に、おとなしい人たちが感じる、ウェーイ人たちを嫌っているのでも軽蔑しているのでもなく、むしろ自分も時としてそっち側なのだが、ウェーイを共有できない苦しみというべきか。

うまく言えない。

無駄に敏感なので、心から通じ合った数人の仲間たちなら気兼ねなくウェーイできるかもしれない。

ただし、誰かが誰かに対しよく思ってないとか、気を遣ってる場合はそれも感じ取るのでウェーイできない。

あと常に理性が働くため、特に他人がいるとウェーイしきれない。

ウェーイって何回言ったんだろう。吐いてるみたい。

安い居酒屋とかは学生やらがうるさすぎて殺意がわく。

自分の声は雑踏に紛れやすいので聞き取られないし。

好きなウェーイ人と嫌いなウェーイ人がいるのかもしれない。

私の周りの人も真面目でうるさくない人が多いけど、居酒屋が苦手とか言う人は案外いない。

あんな殺意沸く安心出来ない場所がなぜ大丈夫なのだろう。

ライブもあまりウェーイしきれない。酒が程よく入ってたらなれる時もある。

自分も大概変なんだろうけど。

おとなしい人種でもなく、ウェーイ人でもなく、いわばハーフみたいなものか。

かといってふざけるのは結構好きだし、ハメを外そうと思えばみんなが引くくらい外せそうだ。全裸とかはなんねーけど、むしろ嫌いな奴にキレたり踊ったりはするかな。

そもそも両親がおかしい。

父が非ウェーイ人だが、職場ではキレまくってる。

母はややウェーイ系日本人だが、妙な繊細さも持ち合わせている。

最近は酷くなってきて、さっきまでキレてたと思ったら数秒後に笑ってることが普通にある。

両親が躁鬱ウェーイ人だった。

うん。生きるのって辛い。