アダチルニートの明るい脱獄日記

ニートじゃなかった期間を経てニートに還る。アダルトチルドレンのムショみたいな家の苦しみの叫び。いつか脱獄できることを誓って。百転び百一起きの精神で読んでる人を笑わせたいネガティブに。

「愛されていない」のは勘違いなのか

http://d.hatena.ne.jp/yuhka-uno/touch/20110113/1294906899

あまりちゃんと読んでないけどうちもあったな、食べろ食べろ言われる食べろハラスメントがひどい。あといらない金を押し付けてくるハラスメント。

前回の記事ほんとヒドいですね、すみません。

不快になられた方もおられるかもしれません。

わたしも恥ずかしくて死にたいですが、これもリアルだと思いしばらく公開しておきます。

荒れ狂った昨日の今日でまともそうな記事を書く。

すみません。頭おかしいですねwごめんなさい。

愛されない、とはなんだろうか。

たとえば、愛されていないのは子供の勘違いや思い込みで、本当は親は愛していたということはあるのか。

結局、愛されるはずの存在の方が、愛されていないと感じていたら、それは愛されていなかったことになるのではないか。

愛する側の親がいくら子供を愛しているといっても、子供に理解されないような愛ならば、それは愛ではなく利己的な何かではないか?

いじめの問題も似たようなところがある。

いじめとは、いじめられた方がいじめと感じたらいじめなのだと。

いじめっ子がいじめじゃない、と言っていじめられっ子を全裸にしたところで、いじめられっ子がいじめだと言えばいじめだ。(極端だけど)

この場合、いじめっ子の主張が許されてはいけないだろう。

愛が何か、と言われたら、目には見えないし、説明はしづらい。

しかし、心が温かくなるような出来事などは、まさにそうだと言えるのではないか。

もちろん万人が同じ状況で愛を感じるわけではない。

愛は持っている人だけが感じられるものなのかもしれない。

それが多い人は常に愛を感じ、少し持っていれば感じることもある。

その差は人それぞれだろう。

私は愛とは、相手の意志を尊重するかどうかが大きいような気がする。

よく束縛するとかしないとかいうが、それは愛ではなくて、ただの執着である。

愛は自由に基づくものの気がする。

つまり子供をコントロールしたり意志を無視する親は、やはり親自身のエゴで動いている場合が多い。

そういう意味で、やはり私は親からの愛をもらったことはなかったと思うのである。

意志を尊重されたり、話をゆっくり聞かれたり、もしくは聞けなくても聞く姿勢を持とうとしてくれたかと考えると、そういう記憶はない。

私の記憶もほとんど覚えていないから、一度もないかどうかはわからないが、多分ない。

母の今の性格からして、おそらく「いい母親」のつもりで聞く姿勢を持っている振りをしていたような気がする。

もちろん、それが真実だとは言い切れないが、その可能性は高い。

ただ、親の許容範囲だったり、どうでもいいところは自由にさせてくれたとは思う。

知り合いに、母は私がちゃんと働けるか心配なだけじゃないか、みたいなことを言われた。

でも私はこの手の台詞には騙されない。

大抵、言っている人自身が自分の親子関係に違和感を感じつつも、それを知るのが怖いので自分を安心させるために言うのだ。

もしくは親と仲が良いから、そうでない親を知らないとか。

本当に心から心配なのであれば、どういう仕事がいいのか?とか、何かしら訊ねてくるのではないか。

でなければ、私の母はやはり、自分が不安だから不安なだけなのだ。

そこに私に対しての信頼は一切ない。

まあ、バイトが決まったと言った時などは、「私と父の子だから出来る!」と謎の自信を見せたこともあった。

さんざん悪口しか言ってない父の子だからと言われてもどんな顔をすればいいのか。

言動も行動も矛盾だらけだ。

それに私は父や母のようにお仕事アンドロイドになるべく、感情も体の痛みも全て無視し、スパルタを乗り越えてきた超人(怪物)ではない。

感情のある、いや繊細すぎるポンコツだ。

私には到底真似できない。

わたしがもらった親からの愛は、とにかく物質的なものくらいしか思い浮かばない。

だから、モノや家やお金や食べ物などを除いたら、わたしは親から直接もらったものがなくなってしまう。(能力とかは別)

わたしは、親から言葉や優しさが欲しかったのだろう。

少しでもいいから、一時のものではなく、親としての体裁などではなく、心からの言葉が欲しかったのだ。

でも、おそらくそれはもらえない。死に際にはもしかしたらあるのかもしれないが、死に目に会うかも正直わからない。

最後になんだけど、両親共に精神が不安定すぎるため、注ぐ愛情も気まぐれのようになったのかもしれない。

父はともかく母は、実は誰も愛していないのか、もしかしたらみんな愛しているのかもしれない。

母は家族よりも、むしろ自分の兄弟を心配し、面倒を見ている。

母にとって兄弟は我が子のようなものなのだ。

母は兄弟の母代わりとして育ってきたようなものだった。

そういう意味で、本当の自分の子供は、カルマのようなものでしかなかった。

また、わたしや妹を、自分の母親にできなかった、負の感情をぶつけたり甘えるサンドバッグや捌け口にしたのだ。

このまま一緒にいたとして、おそらく関係性が変わることはないだろう。

昨日は家の宿命から逃れられないと一人暴れてしまったけど、まあそんな日もある。

イかれたり暴れたり悩んだり希望を見出したりしながら、また歳をとって、とりあえず来年まで生きるしかない。

占いで下半期は試練だってでたな。下半期も何も毎年試練ですけど。てか毒親育ちは毎年地獄だよねw

Lilicoの亡くなった親も毒親だったらしいね。死んでくれみたいなメールが毎回きて日常茶飯事だったって。

お前が死んでよかったな笑

でもLilicoは仲直りできなかったって泣いたらしい。いやそんな親手遅れだよ。

Lilicoどんだけいい人なんだよ。母親地獄行き決定だろ。

演技じゃなけりゃ。

その試練に遭ってるあたり、いよいよ本格的にイかれるのかもしれない……。神なんていねえ。いや神はスパルタに違いない。体育会系だ。神は鬼畜ドSのイケメンか。残念だなわたしはそういう趣味はないんだ。むしろイケメンドSを跪かせた…上に行ったら唾吐いてやる。覚えとけよ神。