アダチルニートの明るい脱獄日記

ニートじゃなかった期間を経てニートに還る。アダルトチルドレンのムショみたいな家の苦しみの叫び。いつか脱獄できることを誓って。百転び百一起きの精神で読んでる人を笑わせたいネガティブに。

感情が動いた思い出

まだ少し具合が悪い。

すごく悪いわけではないが、頭の働きも悪いし(元からではないぞ!)、全体的にだるい。

で、ふと昔のことを思い出した。

高校を卒業してからというもの、燃え尽きてほぼニート生活を謳歌していたのだが、こんな自分も一応頑張った時があったのだろうと。

泣いたり怒ったりがんばったりしていたときが。

それで思い出したのが、中学の時の部活動だ。

いや、実際、全然がんばってない。

文化部だし。

ただ、顧問は大嫌いなタイプだし、いじめにも遭ったという意味ではかなりきつかったと思う。

今の自分なら逃げ出すレベル。

今までの自分の人生のなかで一番がんばっていたのが間違いなく中学のときだ。

習い事と部活動、学校を両立していたなんて今の自分では考えられない。

まあ習い事といっても週一で、練習もろくにしていなかったけど。

習い事は優しい先生で良かった。

同級生もピアノをやっていたのだが、鬼のように恐ろしい先生だったらしく、聞いただけで震えた。

部活でいじめられてんのに習い事でもいじめられるなんて耐えられないからな。

神の存在を疑う。

で、自分の感情が動いたときっていつかなと思った。

そこで思い出すのが、部活の遠征のバスでのことだ。

ちょうど誕生日とかぶっていて、サプライズで祝われたことだ。

先輩が提案してくれたものだった。

私は驚いてうまい反応ができなかったが、内心はとても嬉しかった。

ぶっちゃけ先輩のことをあまり良く思ってなかったりもしたけど、その先輩が提案したらしかった。

人情味があったなあ。

手作りのケーキと親友からのプレゼントみたいなのをもらったと思う。多分先輩の手紙も。

嫌いな奴もいたし顧問も嫌だったけど、やってきて本当に良かったと思った。

その後もやめようか悩むことがあったが、結局元凶だった人間も転校して一件落着、嫌いな顧問はいたが続けた。

それは私の密かな自信となった。

そしてのちのバンド活動にも影響しただろう。

あともう一つ覚えているのが、コンクールが終わったバスの中。

私たちは部員が他の学校に比べて明らかに少なく不利なのもあり、賞を取れなかったのだった。(バタバタやめたんだけど)

私は勝った他の学校が喜ぶのを聞いた時、悲しいとかよりも怒りのような感情が強かった。

悔しかったと思う。

帰りのバスの中で、となりの親友が悔しいと泣き出したことに驚いた。

友人は人前で泣くようなタイプではなかった。

喜怒哀楽は割と激しい人ではあったが、失礼ながら泣くほど真剣だったっけ?と驚いた。

私ははたから見れば冷めていたのだろう。

なぜか泣く気にはならなかった。

悔しいのは確かだったのだが。

それほど自分ががんばったという実感も、団結した実感もなかったからだろうか。

むしろいじめられた辛さで泣きたいくらいだったのかもしれない。

思えばすべてが希薄だった。

私には、人と深い感動を分かち合った記憶がほとんどなかった。

そして私の周りも、なんとなく冷めた人が多かった。

いわゆるリア充といわれる、喜怒哀楽を素直に表現する人たちをどこか冷めて見ていた。

でも、できるなら自分もそうして育ちたかった。

けれど自分の家では素直に表現できず、表現の仕方がわからなかった。

話は変わるが、私は今、何か大きな方向転換のようなものをしなければいけない気がする。

それには別の何かを終わらせなければいけない。

とても怖いが、何も変わらないのはもっと怖い。

ニート期間が長すぎたので、そろそろ何か始めないとという気がしている。

正直いって何をどうしたらいいのかわからないけど、とにかく変わらなきゃと思っている。